アリスのしっぽ

何せうぞ くすんで  一期は夢よ ただ狂へ

永遠の憧れ④ージョルジュ・ドンさんー

バレエを見て、動けなくなるほどの衝撃を受けたのは初めてだった。モーリス・ベジャール率いる「20世紀バレエ団」(当時)の日本公演。1982年の秋だった。演目は全幕もの「魔笛」と小品集「エロス・タナトス

「エロス・タナトス」の最後を飾るのがジョルジュ・ドンのボレロだった。ドンさんはちょうどその前「愛と哀しみのボレロ」(クロードルルーシュ監督)という映画に出演して、映画の中でボレロを踊っていた。そのせいか、一般にも広く知られる存在になっていた。

バレエの公演にしてはあり得ないほどチケットが取りにくかった。しかも「くくり」としてはモダンバレエである。天才振付家といわれたモーリスベジャールは日本文化にも詳しく、しばらく後には赤穂浪士の討ち入りを描いた「THE KABUKI」を作っている。

「エロス・タナトス」(愛と死)は別々の作品の集まりではあるけれど、それぞれ連続性を持って一つの作品に紡がれている。休憩をはさまない約2時間の中でベジャールダンサーズたちがダンスを繰り広げる。その大トリの作品が「ボレロ」(ラヴェル作曲)で、演じるのはジョルジュ・ドンだった(日替わりで主要女性ダンサーのショナ・ミルクも演じていた)

その時の感動、というより衝撃は本当にすごかった。次の日も頭の中はこのボレロ一色だった。観客の熱狂も本当にすごかった。

「SWANー白鳥ー」という人気の漫画を「週刊マーガレット」に連載していた有吉京子さんが、多分ご本人が受けた衝撃を主人公の目を通して作品中で語っている。「そうそう、そうなんだよね!」と(語彙力!)腑に落ちたのをよく覚えている。

偉大な振付家と偉大なダンサーの出会いから生まれる作品の数々は多くの人の心を潤すだけでなく、ときには人生観を、さらには人生そのものを変えてしまうほどの影響力がある。もちろんこれはバレエに限らず、舞台、演劇、スポーツなどにもいえることだ。

この「ボレロ」を踊りたいがために、男性ダンサーが数多くベジャールバレエ団への入団を希望したという。クラッシックバレエはどうしても女性ダンサーが中心のイメージがあるが、モダンバレエは、特に当時ベジャールの「20世紀バレエ団」は男性ダンサーが輝けるバレエ団だった。その中でもやはりドンさんは特別な存在だった。

今では、当時彗星のように現れた若者ジル・ロマンさん(若い頃のドンと似ているといわれ、マーラー交響曲第5番を踊ったのが日本デビューだったと思う)が「ベジャールバレエ団」の芸術監督としてベジャールの精神をうけついでいる。

ただ、ドンさんはやはり誰とも違う孤高のダンサーだったような気がする。今でもDVDで彼の踊りを見られる事に感謝だが、やはり舞台は一期一会。その映像をみながら、私は遠い日のあの観客の熱狂を思い出している。